「自分の感受性くらい」〜心打つ、茨木のり子さんの詩

自分の感受性くらい

心に刻みたい素敵な詩

私が心の友とする、大好きで大切な一編の詩を紹介します。
詩人・茨木のり子さんの書いた「自分の感受性くらい」という作品です。

初めてこの詩を読んだ時は強い衝撃を感じました。
地に着いたようなしっかりした言葉と口調で綴られ、読んでいくうちに、なぜか叱られているような、励まされているような、そんな気持ちになりました。
そして、読み終わったあと、涙が流れてくるのを抑えることができませんでした。

今から思うと、その当時はどんな精神状態で、どんな心境だったなのかなど思い出せませんが、今読んでもグッと胸がつかえるような詩であることに変わりはありません。

茨木のり子さんは結構有名な詩人・エッセイストなので、すでにこの詩をご存知の方も多いかも知れませんが、以下に全文を紹介したいと思います。

自分の感受性くらい

自分の感受性くらい
茨木のり子

ぱさぱさに乾いていく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを暮らしのせいにはするな
そもそもがひ弱な志にすぎなかった

駄目なことの一切を時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい自分で守れ
ばかものよ

茨城のり子さんについて

茨城のり子さん(本名:三浦のり子)は、詩人だけでなく、エッセイスト、童話作家、脚本家でもありました。
1926年に大阪で生まれ、高校時代は愛知県で過ごしました。帝国女子医学専門学校(現在の東邦大学)薬学部進学のために上京し、在学中の19歳で終戦を迎えます。20代で結婚、詩作をはじめ、1953年には詩人・川崎洋からの誘いで、「櫂 (同人誌)」の創刊にたずさわりました。

茨城のり子さんの人物像は、戦中・戦後の時代を凛として懸命に生き抜きながら、数多くの作品を生み出してきた自立した女性というイメージが強いのですが、プライベートの彼女は夫思いで料理好きな家庭的な方だったようです。

他に有名な代表作として「わたしが一番きれいだったとき」があります。
2006年、79歳の時にくも膜下出血のため東京郊外の自宅で亡くなりました。
亡くなるまで詩作を続けられたそうです。

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